社団法人 東北地域環境計画研究会事務局


公開講演会の紹介
地球環境の成り立ちと現代の危機【要旨】
「岩手県環境保健研究センター所長・東北大学名誉教授」
 鳥羽 良明
 

 まず、地球環境の危機の意識をはっきりと述べた著作を歴史的に振り返ってみると、古くはマルサスの「人口論」(18世紀終り)、レーチェル・カーソンの「沈黙の春」(1962)、ローマクラブの警告「成長の限界」(1972)があり、近年では気候変動に関する政府間パネル(IPCC)が活動して、その報告「気象変化2001」が出されています。

 マルサスの「人口論」は、京都大学で学んだとき英語の教科書として出会いました。「沈黙の春」は、近代合成化学の傑作であったDDTのような農薬が非常に安定で、生物に継続的に蓄積され、春になっても鳥が啼かない地球になると警告しました。「成長の限界」(メドウズ他)は、東北大学で故山本義一教授が1973年に定年講義で紹介されたのを思い出します。その数値モデルは、対策を講じなければ2000年に人口が60億、大気中の二酸化炭素濃度が380ppmになると予測しており、現在ほとんどそのとおりに進行しています。これは、予測の正確さとともに、社会がこの警告にまともに対応しなかったと見られる点において、驚くべきことと言わなければなりません。

 「気象変化2001」は昨年出たレポートです。過去50年間に観測された地球の温暖化のほとんどが人間活動によるものであるという、はっきりとした証拠が得られたこととともに、21世紀には、生態系の崩壊、干ばつの激化、食糧生産への影響、洪水・高潮の頻発、熱帯病の増加等の、広範な分野における大きな影響が予測されることを指摘しています。そして、いろいろな対策のシナリオごとに、大気中の二酸化炭素の濃度、地球温暖化や、それに伴う海面上昇の将来の予測を提示しています。

 地球全体の平均で温暖化といっても、地球の表面温度が一様に高くなるのではありません。私たちの仲間の地球温暖化のシミュレーションでも、北米、ヨーロッパ、特に北極域では温暖化が激しく、逆に南半球では多少寒冷化する場所もあります。二酸化炭素放出を少なくして温暖化が止まっても、海面上昇のほうは長く尾を引きます。

 人類の終焉(しゅうえん)いかに来るらむ 地球環境変動はた科学の暴走

 これは自作の短歌(「郡山」 1997年所載)です。人類の終焉が早々に来ないように、その時々に最善を尽くして、対策に取り組んでいかねばならないのだと考えます。

 地球環境の成り立ちと変動は私の専門分野です。海洋の表層から深層にかけてのいわゆる深層循環は、大西洋から南大洋、太平洋へと、世界の海を2000年もかけて循環しています。過去1万年間、地表の温度が非常に安定しているのは、この海洋の深層循環によると考えられています。しかし、私たちの仲間の数値モデルの研究では、地球温暖化の進行によってこの深層循環が急に弱まるという可能性も指摘されています。

 エルニーニョは、フィリピン付近の表層が28℃程度の世界中で最も暖かい海水域が、貿易風の変動によって東のほうへ移動する現象です。これが発生すると、干ばつなど世界中あちこちで様々なことが起こります。赤道付近で起きる現象が全世界に影響を及ぼすのです。日本付近では、エルニーニョがあるときは夏は低温傾向、冬は季節風が弱まって暖かい冬になる傾向にあります。

 海に人工的に鉄やアンモニアを加えると、植物プランクトンの増殖が増え、大気中の二酸化炭素を多く海に取り込むから、それによって地球温暖化を防ぐことができ、同時に魚が増えて人類の食料を増やすことができるという、一挙両得を目指す研究も、いま国際的に始まっています。

 1993年は非常に強いヤマセが発生した年です。ヤマセは、広域の大気海洋相互作用がローカルに表れる現象です。ヤマセのない年には、夏は小笠原高気圧から温かい風が吹き込んでくるのですが、ヤマセの年は亜寒帯の海から湿った冷たい風が吹き込んで来ます。私達の研究センターでは衛星と現地での情報を取り込んで、リアルタイムの予報もできるようにしようと考えています。

 今日は、流体現象と社会現象との相似性と非相似性に関する私の新しい発想を、公の場では初めてお話しします。相似の面では、流体粒子と人の運動や、非線形発展の様相に、非常に似たものがあります。相似でない面では、環境としての自然界は「質量保存の法則」を満たすものですが、バブルや不良債権の生じる経済の世界は質量保存則を満たさないものです。何らかの形で、経済原理に質量保存則を導入しない限り、レスター・ブラウン氏の言う「環境は経済の一部」から「経済は環境の一部」へというコペルニクス的転回は完結しないでしょう。これは現代の新しい重要な課題であると考えます。



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