社団法人 東北地域環境計画研究会事務局


公開講演会の紹介
「東北地方太平洋岸の温帯混交林」
〜多様性に満ちた巨木の森〜
東北学院大学 教養学部教授 平吹 喜彦

 東日本の原植生に関する植生地理学的研究から、この地域で卓越する冷温帯性の「落葉広葉樹林」と、沿岸部の狭い回廊を形成して北上する暖温帯性の「常緑広葉樹林」との二つの植生帯の境界域に、種組成や生活形組成の多様な森林が介在していることが明らかにされている。この移行的な領域に成立している自然林については、日本列島を巨視的に見渡し、「暖帯落葉樹林」や「中間温帯林」といった呼称が提示されている。宮城地方〜岩手南部の沿岸・平野・丘陵地に点々と残存する自然林については、「モミ林」(菅原1978)や「温帯混交林」(平吹1991)という呼称で、その組成や構造および分布にかかわる調査が進められている。しかし未だ植生の実態は不明瞭であり、地域間の相違が大きい。

 ここでは、温帯混交林の南端に位置する仙台市周辺と、北端に位置する宮古市十二神山・山田町霞露ヶ岳の植生について、特に微地形とのかかわりを重視して紹介する。

 仙台平野の低標高地には、常緑広葉樹のウラジロガシ、シラカシ、アカガシ、アラカシなどのカシ類が進出している。生育地の多くは低地に隣接する丘陵地の脚部や突端部であり、東あるいは南側の急斜面に単独種で構成されている。青葉山では、温帯混交林内で4タイプの動態パッチを抽出し、優占する空間を調査した。モミ・落葉広葉樹が常緑広葉樹・ギャップより勝っていた。カシ類は東・南向斜面で局所的に優勢で、モミパッチの林冠下を占有していた。落葉広葉樹パッチのなかでは、カシ類の実生や雅樹の生育は少なかった。調査結果と実験から、モミパッチにおいては、落葉広葉樹パッチよりも冬季の地表面温度と気温の日最低値で、氷点下となる頻度が少ない傾向にあった。

 一方、温帯混交林の北端に位置する十二神山・霞露ヶ岳の植生構造は、微地形との関わりから4つの優占型を抽出できた。これらのうち、長大な谷壁斜面に分布していたブナ・イヌシデ―コミネカエデ―ツツジ科低木優占型、および、イヌシデ・ブナ―サワシバ―ヤマタイミンガサ優占型には、ブナ林の標徴種と中間温帯林の構成種が混在し、更に日本海側ブナ林の標徴種であるハウチワカエデやオオバクロモジが分布していた。このブナ・イヌシデが優勢な林分の植生地理学上の位置付けが課題となった。この自然林は原生的で、尾根から谷底まで連続しており、東北地方太平洋側海岸部に残る原生的な生態系として最良である。ブナ―スズタケ群落の北限として、植生帯の区分や形成史を巡る議論の有用情報源である。また、当地域で合理的な自然再生や自然教育を進める際に、法則性や対処法を学びとる格好の場であることを強調したい。




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