社団法人 東北地域環境計画研究会事務局


公開講演会の紹介
岩手県のイヌワシ:繁殖率低下の現状と対策
岩手県環境保健研究センター 主任専門研究員 前田 琢

 日本のイヌワシ(Aquila chrysaetos)の繁殖成功率は、この30年間に大きく低下してきている。岩手県内で確認されている約30つがいにも同様の傾向が認められ、特に近年はこれまでになく繁殖成績が落ち込み、2007年は1つがいしか成功(巣立ち)が確認されなかった。このような繁殖率の極端な低下が続くと、個体群の存続に大きな影響が及ぶと予想されるため、対策を急ぐ必要がある。

 近年(2002〜2007年)の繁殖経過をまとめると、造巣活動がみられたつがいは約75%、抱卵したつがいは約40%、孵化に至ったつがいは約25%、ひなが巣立ったつがいが約15%である。繁殖が中止・失敗する段階は造巣期や育雛期がやや多いものの、抱卵期や造巣前にもみられる。また、年による変動が大きく、2006年は抱卵期の中止が目立ったが、2007年は造巣期や育雛期の失敗が多かった。

 繁殖失敗の原因には、落石・雪崩などの事故や、積雪などの気象条件によるものもあるが、餌不足によって繁殖中止に追い込まれる例が少なくないと考えられる。ビデオカメラで撮影したつがいの繁殖行動からも、雄の帰還(餌供給)頻度が下がるにつれ雌が巣を離れる時間が多くなり、ついには抱卵放棄に至る事例が得られている。繁殖成功したつがいでは、育雛期には1日あたり0.56〜0.71回の餌搬入があり、これに親鳥自らが食べる量を加えた獲物の獲得が必要とされる。餌種はノウサギ(40%)とヤマドリ(30%)が優占しており、繁殖率低下の起きる前(1974〜91年)の構成と大きな違いはない。

 獲物の捕獲のためには効率良くハンティングできる環境が必要である。しかし、県内のあるつがいの行動圏内の植生面積割合を1983年と98年で比較すると、採餌に適した幼齢人工林や低木草地が減り、イヌワシが突入困難な11年生以上の人工林が増加していた。農林業の衰退にともなうこのような狩り場不足の進行が、各地のイヌワシ繁殖率低下の背景にあるとみられる。このため、採餌場所の供給を目的として、各地で森林の列状間伐が行なわれるようになってきた。実際に列状間伐地で採餌するイヌワシも観察され、狩り場として機能しうることは確認されているが、その効果は場所ごとに異なるようである。県南部のつがいについて出現頻度を解析したところ、本来の採餌場所である幼齢林や牧草地に比べて間伐地付近の利用頻度は低く、特に葉が茂る4〜10月に出現が少なかった。列状間伐は伐採の仕方や場所の選定などについて改良を進めるとともに、施業面積の拡大も必要と考えられる。

 餌場の確保に加え、良好な営巣場所の確保、人為攪乱の防止も進める必要があるが、今後も繁殖率の著しい低下が続く場合には、餌不足の解消を目的とした緊急的な人工給餌も必要になるかもしれない。




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