社団法人 東北地域環境計画研究会事務局


公開講演会の紹介
生徒と守る地域の自然
「盛岡市立城西中学校教諭」 斎藤 せい子
 今春の3月までの6年間、葛巻町小屋瀬中学校に勤務していて、この間に行われた土谷川の河川改修事業で、町役場や地域の人々とともに同中の生徒が、サクラソウやカワシンジュガイなどの野生希少生物の保護、移植事業に協力した経緯を報告する。

 馬淵川上流にあたる土谷川は大坊峠を源に小屋瀬地区で山形川と合流し、葛巻町で馬淵川に流れ込み、同町を縦断する河川である。平成14年の台風で土谷川流域に大きな被害が出た。そこで国の災害復旧工事で河川改修が行われることになった。土谷川流域の農地は、かつてはんらん源であった場所に成立している。そのため農地に適さなかったところには湿地帯が残り、ここに貴重な植物が生育している。

1.希少生物保護にかかわることができた理由
(1)葛巻町の地域性
 希少生物を保護しようという姿勢が行政の中にあった。葛巻町の地域性、自然環境に対する意識が住民の間に見られる。
(2)行政の姿勢
 時代の流れとともに、行政側にも自然環境に配慮する姿勢が見られるようになった。
(3)専門家からの指導
 小屋瀬地区でサクラソウ、ハナヒョウタンボク、クロビイタヤなどの希少植物の生育が確認されているとの情報提供があり、移植事業に関しては、専門家から指導を受けるなどバックアップがあった。
(4)小屋瀬中の活動
 以前から、リサイクル活動や紫外線・酸性雨調査、福祉ボランティア、環境ボランティア活動に取り組んでいた。特に環境ボランティア活動でオキナグサの生育地やモリアオガエルの生息地を確認していたことなどが評価され、小屋瀬川の河川改修工事に協力することになった。

2.小屋瀬中学校の取り組み
(1)環境ボランティア活動
 環境ボランティアデーを設定し、地区ごとに「水質調査」「カエル調査」「植物調査」を実施している。これはモリアオガエルの生息地が確認されて以来、地域の自然を知ることを目的に企画され、継続している行事である。さらにチャマダラセセリ、オキナグサなどの岩手県のレッドデータブックに掲載されている動植物を確認している。
(2)動植物の調査活動の経緯
 赴任した平成9年(1997)に、「地元の良さを認識して欲しい」という気持ちから始めた。平成11年(1999)には、希少生物が確認され、成果が上がってきた。平成13年(2001)に活動の成果をパンフレットで公表した。平成15年(2003)の土谷川の河川改修工事で、サクラソウ、カワシンジュガイの移植作業に協力することになる。

3.活動の原動力
(1)PTAや地域からの激励
 住民の間にも葛巻町の自然環境について高い意識が見られる。また子どもの活動を支援する地域性がある。
(2)パンフレット
 活動の成果が形になることで、生徒の意欲を喚起する結果になっている。パンフレットの作成には、地域から協賛金が得られ、地域に活動を支援する雰囲気がある。
(3)町からの表彰
 活動が表彰されることで、生徒の意欲が高まり、さらに生徒の活動が充実するという好循環が生まれている。

4.希少生物の生育地の移植活動(2002年6月実施)
(1)サクラソウ
 前年に移植場所を確保し、河川改修工事の影響を受ける地域に自生しているサクラソウの移植先を決めていた。移植先のサクラソウの生育面積が小さくなっていたので、草刈りを行った。草刈り作業は、サクラソウの移植事業にかかわる以前に実施が決まっていた。移植2日前に土谷川流域に自生を確認した、多数のサクラソウを移植した。翌年3月には移植場所の草刈りを行っている。
(2)カワシンジュガイ
 カワシンジュガイについては6月5日にモニタリング調査を実施、580個体を採集し、体長などの計測をし、生息地を移した。28日に移植後の再捕獲調査を行った。10m間隔に10個体ずつ生息地を移していたが、再捕獲は困難であり、別な方法で生息地を移す必要のあることがわかった。再捕獲に関してはボランティアを募集している。7月に本格的な個体の移植作業を行ったが、その方法は約500個体の入るかごを準備し、12カ所に計8000個体の移植を行っている。移植事業を行う中で、さらにスナヤツメやノダイオウなどの希少生物を確認している。

5.この活動を通して
(1)地域の人々の意識
 身近な自然に関心を寄せる活動を行う中で、希少生物を確認することができた。希少生物の自生に適する生育環境が、農業を産業の主体とする生活を行う一方で保全されてきたことを意味している。希少生物が身近に見られることで、生徒がこの地区を誇りに思えるようになり、地域の人々の意識も変わってきている。
(2)生徒の学習活動
 活動を通して、生徒はさらに自然の大切さを認識するようになっている。たとえばサクラソウの生殖に関しては、葛巻地区では無性(クローン)生殖よりも受精による生殖が一般的であることがわかってきた。サクラソウは形態から短花柱花と長花柱花に分けられ、受精は短花柱花と長花柱花の間で行われることが知られている。このことから受粉を媒介する昆虫の存在も示唆される。どのような昆虫がサクラソウの受精を媒介しているのかは、これからの活動によって明らかにされていくものと思われる。
(3)調査活動から一歩踏み込んだ活動へ
 サクラソウの移植事業に関しては専門家の助言を受け、サクラソウが多数生育している自生地5カ所はそのまま残された。一方、カワシンジュガイについては、生息環境に配慮して、河床には手をつけず川幅が拡張されるなどの方法が取られた。サクラソウは、はんらん源などの湿地を好み、地区では地下水の供給もあってサクラソウの生育に適する湿性の自然環境が残されてきた。このことは地域が人間の生活活動の一方で、多様な自然が保全されてきたことを意味し、サクラソウなどの野生生物の貴重な遺伝子プールとなっている。人間と自然との関係で、現在、モデルとすべきものが地区に存在している。

 最後に地区の特徴として(1)子どもの心に神がいる(2)子どもたちが自然と対話できる(3)子孫にどんな自然を残していけるかを模索している・・・が挙げられ、これらの気風が、生徒とともに一緒に未来の川をつくる活動を支えたものと思われる。



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