社団法人 東北地域環境計画研究会事務局


公開講演会の紹介
岩手山の植生
「不来方高校教諭」 千葉 博
 植物の分布は、大きくは年平均気温や年降水量など気候的要因によって規定されている。このため一般的には気候帯によって植物の分布が異なり、植物群落の相観によって植生態(森林帯)が区別されてきた。特に降水量に恵まれた日本では森林が成立し、温度条件が植物の分布に大きな影響を与えている。

 山岳地帯においても海抜、高度とともに気温が低下することから、気候帯における植物の分布と同様の現象が見られ(垂直分布)、本州中部の山岳地帯においては、山麓から低山帯、山地帯、亜高山帯、高山帯が区別されてきた。また高山帯には森林が成立しないことから、亜高山帯との境界は森林限界と呼ばれ、吉良(1949)温量指数では15℃・月に一致することが知られている。

 岩手山(2038m)の山頂部は亜高山帯の近接し、垂直分布は山地帯、亜高山帯の植生が成立している。しかし岩手山は約70万年前(第四期洪積世)以降に形成された火山群で、しかも複雑な火山地形が見られることから、植生は気候的要因とともに、火山活動や地形的要因の影響を大きく受けているものと考えられる。

 このような岩手山の植生を航空写真から相観によって区分し、植生図の作成を試みた。

 航空写真から植生の判別の難しい個所については、現地踏査を行い、植生図に修正を加えた。さらに「岩手火山群地質図」(土井、2000)との比較から、岩手火山群の火山活動と植生の関係について検討した。

 「岩手山」(岩手放送1973)に記載されている気象データによると、岩手山1771m地点の年平均気温は−0.5℃、月最低気温は1月の−16.6℃、月最高気温は8月の16.8℃、降水量は1808.6mmである。温量指数は24.8℃・月で、亜高山帯に位置し、常緑針葉樹林が成立することになる。気温の逓減率から亜高山帯と山地帯の境界となる45℃・月の海抜高を求めると、1000m付近となる。山頂部の温量指数は18.8℃・月で、森林限界とされる15℃・月に近接しているが、気候的要因で規定される高山帯は存在しないことになる。

 岩手山の形成過程は、土井(2000)によって詳細に報告されている。これによると岩手火山群の活動時期は、大きく岩手火山第1火山群、岩手火山第2火山群(27万年〜30万年前)岩手火山第3火山群(3万年前)の3つに分けられるという。このなかで現存する岩手山の植生に影響を与えたと考えられる火山活動は、以下の通りである。

 1)西岩手外輪山噴出物(NV:270−300ka〜65ka)
 2)東岩手外輪山噴出物(HV:13ka)
 3)平笠岩屑なだれ堆積物(Hd1.2:6ka)
 4)薬師岳中央火口丘噴出物(W3〜101:6ka)
 5)1686年降下スコリア(Wsfa)

 岩手山の植生(垂直分布)について、火山噴出物から推定される山体の斜面の形成年代ごとに垂直分布を概観すると、以下のようになる。

 西岩手外輪山噴出物(NV)で覆われた北西斜面(焼切沢登山道)の植生は岩手火山第2火山群の火山活動の影響を受けているが、現在の植生が形成されたとされる6000年前にはすでに火山活動が終了している。また以降の火山活動による植生の直接的な破壊を受けていない。山地帯にはブナ林が、亜高山帯には常緑針葉樹林が成立している。

 東岩手第2外輪山噴出物(HV:13ka)で覆われている東岩手火山の南斜面(御神坂登山道)は、浸食が進み、斜面には深い谷が刻まれている。植生は山麓からミズナラ林に接してブナ林、ダケカンバ林が成立し、鬼ヶ城周辺にはハイマツ低木林が発達している。亜高山帯にオオシラビソ林が成立していないのが、特徴的である。

 薬師岳中央火口丘噴出物(W3〜101:6ka〜)で覆われた北東斜面(焼走り登山道)の植生は、最終氷期以降に山体崩壊を伴った岩手火山第3火山群の火山活動後に成立したものと考えられる。垂直分布は山麓からミズナラ林に接して、ダケカンバ林、ミヤマハンノキ低木林が成立している。山地帯にブナ林が、亜高山帯には常緑針葉樹林が成帯していない。この上部の1686年降下スコリア(Wsfa)で覆われた広い地域には、コマクサ、オヤマソバ、イワブクロなどが生育する火山荒原植生が成立し、遷移初期の景観を呈している。



閉じる